仕事と育児の両立がつらいママへ|保育士19年・3児の母があの頃の私に伝えたいこと
仕事と育児の両立で心が折れそうだった私へ|保育士19年・3児の母が伝えたいこと
仕事も頑張りたい。
子どものそばにもいたい。
どちらも大切だからこそ、毎日が苦しくなることがあります。
私自身、保育士として働きながら3人の子どもを育ててきました。
「母親なんだから頑張らなきゃ。」
そう思い込み、限界まで頑張っていた時期があります。
今回は、私が仕事と育児の両立で一番苦しかった頃の話をしたいと思います。
私が仕事と育児の両立で、一番苦しかった頃
今では育児と仕事を両立するための制度も少しずつ整ってきましたが、私が保育士として働いていた頃は、「4月復帰が当たり前」という時代でした。
保育士は慢性的な人手不足でした。
私が勤めていた保育園では、0歳児から5歳児クラス、一時保育、病児保育まで運営していましたが、正職員はわずか9名ほど。
あとはパートの先生や派遣職員で支えられていました。
そのため、誰かが産休・育休に入れば、その分残った職員の負担は増えていきます。
そして復帰後も、基本的には以前と変わらず担任業務を任されるのが当たり前でした。
生後5か月で職場復帰
2人目は10月下旬に出産し、生後5か月で仕事へ復帰しました。
勤務時間は9時から18時。
しかし通勤時間も含めると、朝7時半過ぎには家を出なければなりませんでした。
仕事が終わって急いで迎えに行っても、お迎えは19時前。
帰宅は19時を過ぎる毎日でした。
「子どもと過ごせる時間って、こんなに短いんだ。」
そんなことを思いながら、毎日時間に追われていました。
3人目は朝6時に家を出る生活
3人目を出産した時は、2人目の時の生活があまりにも大変だったため、早番勤務を希望しました。
勤務時間は7時から16時。
そのため家を出るのは朝6時頃。
主人やファミリー・サポート・センターの力を借りながら、毎朝なんとか出勤していました。
保育園は7時に開園するため、職員はその前から準備があります。
さらに私は0歳児クラスの担任だったため、申し送りなども多く、定時に帰れる日はほとんどありませんでした。
子どもを迎えに行けるのは、どんなに急いでも17時頃。
当時は次女と三女が別々の保育園へ通っていたため、お迎えだけでも時間がかかり、帰宅は18時近くになっていました。
病児保育に預けて出勤する毎日
幸い勤務先には病児保育がありました。
子どもが熱を出しても預けることはできましたが、もちろん利用料金は発生します。
朝、病児保育へ子どもを預け、料金を支払い、そのまま私は保育士として子どもたちの前に立つ。
そんな毎日でした。
三女は特に身体が弱く、0歳から1歳までの間に5回も肺炎で入院しました。
本当はそばにいてあげたい。
それでも、人手不足だから休めない。
病院から職場へ向かった日もありました。
泣きながら出勤したこともありました。
あの頃の私は、「頑張ること」が母親としての責任だと思っていました。
「仕方がない。」
「みんな頑張っている。」
「私も頑張るしかない。」
そう自分に言い聞かせながら、毎日を過ごしていました。
働き続けることが難しい現実
当時は時短勤務という制度自体はありました。
しかし実際には利用を選択しづらい雰囲気があり、私は時短勤務を利用することはできませんでした。
復帰後に受けられた配慮は、1年間だけシフト勤務が免除されることでした。
早番か遅番のどちらかを選び、固定勤務で働かせてもらっていました。
その1年間が終わり、三女が1歳児クラスへ進級するタイミングで、園長先生から来年度はシフト勤務に戻ることを伝えられました。
主人は夜勤や出張もある変則勤務です。
早番や遅番が重なる日は、どんなに工夫しても送迎ができません。
そこで私は、家庭の状況を説明し、「もう少し固定勤務を続けることはできませんか」と相談しました。
すると園長先生から返ってきたのは、
「他の職員からも『シフトに入っていないのはずるい』という声があります。」
という言葉でした。
さらに、
「来年度もシフト勤務が難しいのであれば、パートという働き方も考えてみてください。」
「勤務条件が変わるのであれば、お給料についても検討が必要になります。」
という話もありました。
もちろん、園長先生にも園全体を運営する立場としての苦労があったことは、今なら理解できます。
それでも当時の私は、その言葉を受け止める余裕はありませんでした。
三女は0歳から1歳までの間に5回も肺炎で入院しました。
病児保育を利用しながら働き、人手不足だからと休むことにも罪悪感を抱え、自分なりに精一杯頑張ってきたつもりでした。
だからこそ、その時に感じたのは、
「私はこれ以上、何を頑張ればいいんだろう。」
という思いでした。
悔しくて、悲しくて、涙が止まりませんでした。
そして私は、10年間勤めた大好きな保育園を辞める決意をしました。
あの経験が今の私につながっています
あの頃は、毎日を乗り切るだけで精一杯でした。
仕事も育児も、どちらも大切だからこそ、自分のことはいつも後回しでした。
でも今、あの経験があるからこそ、仕事と育児の両立で苦しんでいるママの気持ちが痛いほど分かります。
一人の努力だけでは、どうにもならないことがあります。
頑張りが足りないからではありません。
環境や制度、人手不足など、自分では変えられない現実があることも知っています。
だから私は今、保育士としてではなく、一人の母親として伝えたいのです。
あなたは、もう十分頑張っています。
誰かに頼ることも、制度を利用することも、働き方を変えることも、決して逃げではありません。
家族を守るための、大切な選択です。
保育士だからこそ感じた矛盾
保育士として働いていた私は、保護者の方へこんな言葉をよく伝えていました。
「無理をしすぎないでくださいね。」
「困った時は周りを頼ってください。」
「お母さんが笑顔でいることが、お子さんにとって一番ですよ。」
でも、その言葉を自分自身にはかけることができませんでした。
保護者には優しくできるのに、自分にはとても厳しかったのです。
今振り返ると、あの頃の私は「助けて」と言うことができませんでした。
だから今、仕事と育児の間で苦しんでいるママを見ると、「あの頃の私と同じだ」と感じることがあります。
今、仕事と育児を頑張っているママへ
もし今、
- 仕事へ向かう車の中で涙が出る日がある。
- 子どもに「ごめんね」と思いながら出勤している。
- 病児保育や家族に頼るたびに罪悪感を感じてしまう。
- 誰にも弱音を吐けず、一人で頑張っている。
そんな毎日を送っているなら、どうか伝えたいことがあります。
あなたは十分頑張っています。
今は目の前のことで精一杯かもしれません。
でも、その頑張りをちゃんと見ている人はいます。
そして何より、お子さんは、お母さんが毎日自分のために頑張っていることを、言葉にはできなくても、きっと感じています。
だから、自分を責めすぎないでください。
泣きたい日は泣いていい。
休める日は休んでいい。
誰かを頼っていい。
頑張ることだけが、良いお母さんではありません。
もし、あの頃の私に声をかけられるなら
もし今、仕事と育児の両立で必死だったあの頃の私に会えるなら、こう伝えたいです。
「もっと自分を責めなくていいよ。」
子どもが熱を出すのは、お母さんのせいではありません。
仕事を休まなければいけなくなることも、迷惑をかけたいと思っているわけではありません。
それでも私は、「周りに迷惑をかけてはいけない」「母親なんだから頑張らなきゃ」と、自分を追い込み続けていました。
でも、本当は違いました。
仕事も大切。
子どもも大切。
そして、その両方を支えている自分自身も大切だったのです。
あの頃は、そのことに気づく余裕さえありませんでした。
だから今、同じように苦しんでいるママには、どうか自分を責めすぎないでほしいと思っています。
まとめ
- 仕事と育児の両立は、一人の努力だけでは乗り越えられないこともあります。
- 私も病児保育や子どもの入院を経験しながら働いてきました。
- 助けを求めることや働き方を変えることは、決して逃げではありません。
- 頑張り続けることだけが良い母親ではありません。
- 今日も頑張っているあなたは、それだけで十分です。
働き方や子育て支援制度については、こども家庭庁でも情報が紹介されています。
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この記事を書いた人
田中 美穂(MamaStart代表)
保育士歴19年・3児の母。
保育士として多くの親子と関わりながら、自身も仕事と育児の両立に悩み、病児保育や子どもの入院、働き方に葛藤した経験があります。
現在はベビーシッター・病児保育・子育て相談・子育てコーチングを通して、「ママが笑顔になれる子育て」をサポートしています。
